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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)4595号 判決

原告 株式会社コマックスコーポレーション

右代表者代表取締役 林和子

原告 林和子

原告 林真澄

原告 林真理子

原告 林真一

右三名法定代理人親権者 林和子

被告 株式会社三菱銀行

右代表者代表取締役 伊夫伎一雄

右訴訟代理人弁護士 神宮壽雄

同 今井健二

同 西修一郎

主文

一、原告らの請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、請求の趣旨

1. 被告は、原告株式会社コマックスコーポレーションに対し、一七二〇万五一五〇円及びこれに対する昭和六三年四月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2. 被告は、原告林和子に対し四五〇万円、原告林真澄、原告林真理子及び原告林真一に対しそれぞれ五〇万円並びに右各金員に対する昭和六三年四月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3. 訴訟費用は被告の負担とする。

4. 仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 原告株式会社コマックスコーポレーション(以下「原告会社」という。)は、昭和六〇年一一月一三日、イラク文部省との間で、原告会社がイラク文部省に対し、顕微鏡二〇〇セットを七万〇八六三ドルで売り渡す旨の売買契約を締結し、その際代金の支払方法につき、イラク文部省は、ニューヨークのアーウィング銀行に対し東京銀行を通じて支払請求をした場合に限り代金を支払う旨の合意をした。

2. 原告会社は、昭和六〇年一二月三日、被告に対し、右合意された方法による右売買代金の取立てを委任した。

3. 仮に、原告会社の被告に対する右委任が、売買代金の取立てではなく、輸出荷為替手形の取立てであったとしても、原告会社は、被告に対し、その取立てにあたっては前記特約により合意された方法によることを指示した。

4. しかるに被告は、右売買契約における支払方法の特約を無視し、被告自ら直接にイラクのラフィダイン銀行に対し、売買代金の支払請求をした。

5. そのため右売買代金の支払は、当初予定した時期までに履行されず、その結果原告会社は、次の(1)ないし(3)のとおり合計一七二〇万五一五〇円の損害を被った。

(1)  原告会社は、右売買代金の入金の遅れにより会社倒産の危機に追い込まれ、やむをえず高利貸し等から借り入れを行い、これにより次のとおり各金融機関に利息、媒介料、保証料等を支出して同額の損害を被った。

ア オリエントファイナンス 三八五万円

イ 不動産ローンセンター 五二六万九四八二円

ウ 太陽神戸銀行 六三万二三九〇円

エ ユニオントレード 六三万円

オ 住宅ローンサービス 二三七万四五五三円

カ トミンシンパン 一三万八八八〇円

キ 山証商事 一七万六〇〇〇円

ク オリエントファイナンス 一四万八〇八〇円

ケ 都民ローンセンター 二四万七五〇〇円

以上合計 一三四六万六八八五円

(2)  前記売買代金(七万〇八六三ドル)は、被告から原告会社に対し、昭和六二年三月二六日に一ドル二〇五円のレートにより一四五二万六九一五円が支払われたが、昭和六〇年一二月三日当時のレートは、一ドル二四〇円であったから、右売買代金は一七〇〇万七一二〇円と計算され、その差額二四八万〇二〇五円は、原告会社の被った損害ということになる。

(3)  前記売買代金一七〇〇万七一二〇円は、遅くとも昭和六〇年一二月末日までには原告会社に入金になるはずであったところ、実際に被告から入金があったのは昭和六二年三月二六日であったから、その間の入金遅延による損害は、右代金額に年六分の割合によるその期間四五〇日分を乗じて、一二五万八〇六〇円と計算される。

6. 林弘三は、当時の原告会社の代表取締役であり、本件売買代金の入金が遅れたことにより、資金繰りに窮し、会社の存続と家計の維持を図るために金融機関に奔走し、多大な精神的苦痛を被った。同人の長期間にわたる精神的損害は、三〇〇万円を下らない。

7. 原告林和子は、林弘三の妻であり、同人とともに会社の資金繰りに奔走して二年以上にわたり会社や家計の処理に悩み続けたものであり、その精神的損害は、三〇〇万円を下らない。

8. 林弘三は、平成元年三月三〇日死亡し、原告林和子は、同人の妻として、その余の原告らは、同人の子として、それぞれ同人を相続した。

9. よって被告に対し、原告会社は、債務不履行または不法行為に基づく損害賠償として一七二〇万五一五〇円、その余の原告らは、不法行為に基づく損害賠償として、原告林和子について四五〇万円、原告林真澄、原告林真理子及び原告林真一についてはそれぞれ五〇万円と各原告につき訴状送達の日の翌日である昭和六三年四月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する被告の認否及び主張(認否)

1. 請求原因1の事実は知らない。

2. 請求原因2ないし4については、3のうち原告会社が被告に対し委任したのが輸出荷為替手形の取立てであったことは認めるが、その余の事実は否認する。被告は、後記のとおり昭和六〇年一二月三日に原告会社から輸出荷為替手形の取立委任を受け、その決済をしたことはあるが、本件売買代金の決済にはまったく関知していない。また本件輸出荷為替手形の取立委任にあたって、原告会社からは取立方法につき特段の指示はなされなかった。

3. 請求原因5のうち、(1)の事実は知らない。主張は争う。(2)及び(3)の事実は否認する。被告が原告会社から委任を受けたのは、輸出荷為替手形の取立についてである。

4. 請求原因6のうち、林弘三が当時原告会社の代表取締役であったことは認めるが、その余は争う。

5. 請求原因7のうち、原告林和子が林弘三の妻であったことは認めるが、その余は争う。

6. 請求原因8の事実は認める。

(主張)

1. 被告が昭和六〇年一二月三日に原告会社から委任を受けたのは、原告ら主張の売買代金の取立てではなく、輸出荷為替手形の取立てであり、売買代金の取立委任契約を前提とする原告らの主張は、理由がない。

2. 被告には原告会社との間における輸出荷為替手形金の取立委任契約につきなんら債務の不履行はない。

(1) すなわち、銀行における輸出荷為替手形の取扱いには、取立てと買取りの二種類があるが、本件において、被告は、イラクの外貨事情及び原告会社の信用状態を考慮して、買取りをせず、原告代表者林弘三の承認を得て取立て扱いとした。

(2) 輸出荷為替手形の取立てにおいては、取立依頼人の特段の指示がないときは、取立銀行の選定は取立委任を受けた仕向銀行が任意に選択できることになっており、本件輸出荷為替手形の仕向銀行である被告は、原告会社からは特段の指示がなかったため、荷為替手形の支払人であるイラクのラフィダイン銀行にこれを直送したもので、銀行の外国為替実務としてなんら問題のないものである。

三、被告の抗弁

被告は、昭和六二年三月二六日、原告会社、林弘三及び原告林和子との間において、原告会社に対し、金融の便宜を与えるために一四五〇万円の手形貸付を実行し、右原告らは、本件輸出荷為替手形の取立委任契約に関する一切の請求権を放棄する旨の和解契約を締結した。

四、抗弁に対する原告らの認否及び反論

被告の抗弁事実は争う。被告主張の和解契約は、林弘三及び原告林和子の自宅を訪れた被告担当者らの深夜にまで及ぶ執拗な求めに応じた同原告らが、半ば錯乱状態の情況で署名捺印したものであり、これにより原告らが被告に対しなんらの請求もできなくなるという認識はなかったものであり、右契約は、錯誤によるものである。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、〈証拠〉によれば、請求原因1の売買契約締結の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

二、手書きによる書き込み部分を除くその余の部分について原本の存在及び〈証拠〉によれば、原告会社の当時の代表取締役であった林弘三は、昭和六〇年一二月三日、被告(自由が丘支店)に対し、前記一の売買取引にかかる売買代金の決済のため、信用状付きの輸出荷為替手形二通を持ち込み、その買取りを依頼したが、当時のイラクの経済状態その他からして被告としては買取りを引き受けることはできないと判断し、買取りを拒絶し、その取立てに応ずることとし、林弘三もこれを了承したこと、その際右輸出荷為替手形の取立方法につき原告会社の側からは特段の指示はなされなかったこと、そこで被告は、国際商業会議所の制定した取立統一規則及び通常の業務過程に従って、右輸出荷為替手形をその支払人であるイラクのラフィダイン銀行にDHL(国際宅急便)で直送したこと、右輸出荷為替手形をイラクのラフィダイン銀行にDHLで直送することについては、林弘三も了承していたことが認められ、この認定に抵触する甲第五号証の記載は他の関係証拠に照らし採用することができず、他に右認定を覆すに足る証拠はない(なお前掲甲第一号証の一、二によれば、本件の輸出荷為替手形に付された信用状ないしはその付属文書には請求原因1の代金支払方法の記載があることが認められるが、原告会社が作成した輸出荷為替手形の取立て依頼書(乙第一、二号証)にその旨の指示がない以上、原告会社が被告に委任した取立てにつきその方法について特段の指示があったとすることはできない。)。

三、以上の認定事実によれば、本件においては、原告会社が被告に委任したのは輸出荷為替手形の取立てであり、かつ取立依頼人である原告会社からはその取立方法につき特段の指示がなされなかったのであって、その取立先ないしはどこを通じて取立てに出すかは仕向銀行である被告の選択に委ねられているものと解されるから、被告が前認定のとおり取立統一規則及び通常の業務過程に従ってこれを支払人に直送したことは、原告会社と被告との間の取立委任契約の趣旨に反するとはいえず、被告の右行為は、契約の債務不履行とはならず、また不法行為を構成しないといわなければならない。

四、以上の次第で、被告が本件の輸出荷為替手形をイラクのラフィダイン銀行に直送したことが債務不履行であり、あるいは不法行為を構成するとする原告らの主張は、結局のところ理由がないことに帰するから、これを前提とする原告らの請求は、その余の点を判断するまでもなく、すべて失当といわざるをえない。

よって、原告らの本訴請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三輪和雄)

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